口腔内には腸内と同様にさまざまな細菌が生息しています。これらの細菌は口腔内だけではなく全身の健康にも影響を与えるため、口内環境を良好なバランスに保つことはとても重要です。では、口内環境を健康に保つには、どのようなことに注意したらよいのでしょうか。この記事では、口内フローラの基本的な知識から、バランスが崩れる原因と影響、改善方法までご紹介します。
1. 口内フローラとは
口内フローラという言葉は知っていても、そもそもどういうものなのか知らない方もいるでしょう。まずは、「口内フローラ」について詳しく解説します。
口内フローラについて
腸と同様に、口内にもさまざまな細菌が生息しており、その数300〜700種類、1000億個以上といわれています。
フローラは細菌叢とも呼ばれ、口内フローラとは口の中にある細菌の集合体を指します。お花畑(flora)のように細菌が集団を作っていることから名付けられました。
口内フローラを形成する菌は「善玉菌」「悪玉菌」「日和見菌」の大きく3種類に分類されます。通常は良い菌も悪い菌も共存しながらフローラを形成し、全身の状態をコントロールしています。フローラを構成する細菌の種類や割合などは人によって異なり、年齢や生活の変化などによっても変わるといわれています。また、歯の表面や歯周ポケット、舌などの口内の部位によっても異なるフローラを構成しています。
口内フローラの善玉菌と悪玉菌のバランス
口内に生息する細菌の役割や特徴を以下でご紹介します。
善玉菌
健康な口内フローラを育てるためには必要不可欠な細菌です。代表的な菌にミティス菌(S.mitis)が挙げられ、乳児のときから早期に定着し、口内の健康状態を保ちます。
悪玉菌
増殖すると歯周病やむし歯を引き起こす菌です。代表的な菌にジンジバリス菌やスピロヘータ菌、ミュータンス菌などが挙げられます。中でもジンジバリス菌は、歯肉の組織を破壊して炎症を引き起こします。さらに、炎症で出血した血液を栄養に増殖し、最終的には歯が抜け落ちることもあるようです。
日和見菌
口内細菌の中でも数が最も多い菌です。善玉菌が優勢の際は善玉菌に、悪玉菌が優勢の際は悪玉菌に加勢して、それぞれ加勢した菌と同じ働きをします。そのため、悪玉菌が増殖すると、口内の炎症や感染症を引き起こしやすくなります。
口内の細菌のバランスは、「日和見菌を含んだ善玉菌10:悪玉菌1」が理想とされています。そのため、口内の健康状態を保つには、善玉菌を増やすことが大切です。
2. 口内フローラのバランスが崩れるのはなぜ?
口内フローラのバランスが崩れる要因には、大きく分けて3つあります。
一つ目は、「歯を清潔に保っていない場合」です。歯磨きを怠ったり、磨き方が不十分だったりすると、プラーク(歯垢)が歯と歯肉の間に繁殖します。悪玉菌は嫌気性と呼ばれる空気を嫌う性質があるため、プラークの中に潜り込んで繁殖し続けてしまいます。
二つ目は、「糖分の過剰摂取」です。糖分も同様に悪玉菌を増加させ、歯周病やむし歯を引き起こします。特に、ミュータンス菌などのむし歯菌は、糖分を餌にして増殖し、酸によって歯のカルシウムやリンを溶かします。
三つ目は「唾液の分泌量が少ない場合」です。唾液は、口内の菌を洗い流す働きをします。しかし、日ごろのストレスや、偏った生活習慣から唾液の分泌量が減ることで、悪玉菌が繁殖しやすくなるのです。
3. 口内フローラが崩れると
口内フローラのバランスが崩れると、口内だけでなく全身の健康状態にも影響を与えます。ここでは、口内フローラが崩れた際に起こりうるトラブルについてご紹介します。
口内のトラブル
口内フローラのバランスが崩れた結果として、起こりうるトラブルには以下のようなものが挙げられます。
むし歯
プラークの中の悪玉菌が繁殖し、糖分を分解して酸を作り出すことで歯が溶け出します。唾液は酸を中和させる働きがありますが、糖分の過剰摂取や唾液の分泌量が少ない場合、酸の中和が間に合わずむし歯を引き起こします。
むし歯により崩壊した歯は、自然回復することはなく、治療が必要です。また、むし歯が進行すると、細菌が神経にまで達し、最悪の場合、歯を抜かなくてはならないケースもあります。
歯周病
歯と歯ぐきの間にプラークや歯石が繁殖し、悪玉菌が産生する毒素によって、歯肉が腫れたり歯の表面から剥がれたりしてしまいます。歯と歯肉の間に隙間ができると、悪玉菌はさらに奥深くへと進行し、歯を支える骨を溶かしてしまうのです。歯周病は、むし歯と異なり痛みを伴わないことが多いため、進行しても気付かず、重症になると歯が抜け落ちることもあります。
口臭
口臭の大きな原因は、舌苔と歯周病といわれています。歯周病の原因となる悪玉菌は、たんぱく質やアミノ酸を分解してガスを作り出します。口臭は自己判断が難しく、無自覚な人も多いため注意が必要です。
全身疾患にも影響
口内フローラのバランスは、全身の健康状態にも影響します。重大な病気のうち、引き起こされる可能性があるものは、以下の通りです。
・糖尿病
・動脈硬化
・心筋梗塞
・認知症
・がん
・早産、低体重児出産
・リウマチ
など
例えば、歯周病が進行して歯ぐきから出血すると、歯周病菌などの悪玉菌が血管に入りやすくなり、全身に運ばれてしまいます。また、口内の細菌は唾液や食べ物と一緒に飲み込みやすく、悪玉菌が増殖していると細菌が体内に侵入するリスクも高まるのです。さらに、胃の中で殺菌できなかった悪玉菌は腸に到達し、腸内フローラの乱れにつながります。腸内フローラが乱れると、体の免疫機能に影響を及ぼし、病気にかかりやすくなってしまいます。
4. 口内フローラを改善するには
口内フローラの状態を改善するにはどのような対処が必要なのでしょうか。ここでは、正しい口腔ケアや唾液の分泌を促す方法、そして、食生活の改善方法を紹介します。
正しい口腔ケア
口内を清潔に保つためには、まず、正しい口腔ケアを知ることが大切です。口腔内に汚れがたまった状態では、口内フローラを良好な状態に保つことはできません。毎日の歯磨きを欠かさず行いましょう。
歯と歯の間や、歯ぐきの境目、抜けた歯の周囲、奥歯のかみ合わせなどはプラークがたまりやすい場所といわれています。また、歯石は下前歯の裏側、上の両奥歯の外側に付きやすいため、念入りに行いましょう。
さらに、歯ブラシで落とせない隙間にたまった汚れには、清掃補助用具を使用しましょう。糸ようじ(デンタルフロス)や、歯間ブラシ、小さなヘッドのタフトブラシなどを利用して、歯の後ろや、歯と歯肉の隙間にできる歯周ポケットのプラークを取り除きます。
なお、就寝中は唾液の分泌量が減少するため、菌が繁殖しやすい時間帯といわれています。したがって、起床後の歯磨きは習慣化させましょう。また、汚れの場所や程度によっては、セルフケアで落としにくいものもあります。定期的に歯科健診を受け、専門家にクリーニングしてもらうことも口内フローラを良好に保つためには有効です。
唾液の分泌を促す
唾液にはプラークや菌を洗い流す洗浄作用がありますが、そのほかにも以下のようなさまざまな働きがあります。
抗菌作用
リゾチーム・ペルオキシダーゼ・免疫グロブリン・ラクトフェリンなどの物質が、細菌の活動を抑制し、菌の繁殖を防ぎます。
pH緩衝作用
唾液に含まれる炭酸・重炭酸・リン酸などの成分によって、口内のpHバランスを調整します。悪玉菌は口内の食べかすを分解する際にガスや酸を発生させますが、口内のpHバランスを整えることで歯のエナメル質の損傷を防ぎます。
再石灰化作用
脱灰が進み歯のエナメル質のカルシウムやリンが溶け出しても、唾液に含まれている成分によって補修されます。
ただし、唾液の分泌量はストレスや加齢、口呼吸、薬の副作用、疾患などさまざまな要因によって減少します。唾液の分泌量を増加させるには、以下のような方法が有効です。
よく噛んで食べる
一口20~30回を目安に、ゆっくりと噛んで食べることを意識しましょう。噛むことで唾液腺が刺激され、分泌が活発になります。また、ガムなどを噛むのも効果的です。
水分摂取を心がける
口の中を常に潤すのも効果的です。ただし、お茶やコーヒーは、利尿作用があるため避けましょう。
鼻呼吸を心がける
口呼吸は口腔内を乾燥させるため避けましょう。
唾液腺マッサージを行う
耳の下やあごの下にある「唾液腺」を刺激して、唾液の分泌を促します。
生活習慣を見直す
唾液の分泌は自律神経によって調整されています。そのため、食事や睡眠の時間にばらつきがあったり、ストレスを感じたりすると自律神経のバランスが崩れ、唾液の分泌も減少します。唾液の分泌量を増加させるには、規則正しい生活を心がけましょう。
食生活の見直し
口内の環境を良好に保つためには、食生活の見直しが欠かせません。栄養バランスのよい食事はもちろん、糖分の過剰摂取や間食を控えることも大切になります。
そのほか、「バクテリアセラピー」と呼ばれる方法も有用です。バクテリアセラピーとは、プロバイオティクスと呼ばれる優れた善玉菌を意識的に摂取して悪玉菌を抑制する健康法です。プロバイオティクスには乳酸桿菌やビフィズス菌などが挙げられ、乳製品やタブレットなどのサプリメントで摂取できます。いずれの方法でも、1週間に4日間継続して摂取することが重要です。
また、バクテリアセラピーは全身の健康につながる方法でもあります。プロバイオティクスを摂取して、口腔内の善玉菌と悪玉菌のバランスを健全な状態にすることで、全身の健康バランスも保たれます。口は体の入り口であるため、まずは口内のケアを行うことが重要なのです。
5. まとめ
この記事では、口内フローラのバランスによって、口腔内や全身にさまざまなトラブルが起こることをご紹介しました。口内フローラが乱れると、むし歯や歯周病になりやすく、口臭の原因にもなります。さらに、全身にもさまざまな疾患のリスクがあります。これらを防ぐためには、正しい口腔ケアや生活習慣の見直しが必要です。口内だけでなく全身の健康を保つためにも、規則正しい生活や食生活を行いましょう。
若林健史
医療法人社団真健会理事長/歯学博士
日本歯周病学会理事・専門医・指導医、日本臨床歯周病学会・認定医・指導医、日本大学客員教授、日大松戸歯学部歯周治療科非常勤講師。歯周病治療の第一人者。歯科医療に対するいっそうの信頼の確保と、学術的な前進にも貢献している。