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小児歯科医が注目する、子どもの口腔リスクの現状とは

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子どもの口内環境を良くするには、砂糖の摂取を控え、毎日の歯磨きで歯につく歯垢をしっかり落とす習慣が大切です。
 
私はこれまで小児歯科医として多くの子どもと関わってきました。歯科医になった当初に比べ、むし歯は大幅に減りましたが、歯肉炎など歯周病予備軍の子どもが増えています。なぜなのか?
 
ここでは、私自身の経験から、食べ物と口内環境の関係について紹介します。

子どものむし歯治療では「心に貯金をして帰す」が大切

子どもは診療室に笑顔で入ってきても、治療後は泣き顔になることがよくあります。これを私は、「子どもたちの心に借金をして帰す」という表現をしています。それが続くと、その子はいつの間にか来なくなってしまいます。大人になっても歯の治療が怖いからと、むし歯や歯周病をほったらかしにする。だからどんどん歯が悪くなるという悪循環をたどるわけですね。
 
だから私は、仮に子どもが泣いたとしても、帰すときにはまた笑顔で帰したいなと思っています。これを、「子どもたちの心に貯金をして帰す」という表現をしています。
 
「心に貯金」をして帰すと、その子は今度来たとき、今日よりは泣かない。あるいはそういうお付き合いをしていると、いつまでも来てくれる患者さんになります。
 
80歳になっても20本以上自分の歯を保つためには、幼児期の歯のケアが非常に大事なことだと思います。

  • 子どものむし歯は減り、歯肉炎など歯周病予備軍が増加

    私が大学を卒業したのは今から44年前です。当時、子どものむし歯は多く“むし歯の洪水”と言われた時代でした。当時と比べると、今、子どもたちのむし歯は非常に減りました。
     
    3歳を例に取りますと、私が卒業した当時は1人平均8本ぐらいむし歯を持っていました。今は1本以下です。学童期に入っても同様で、どんどんむし歯が減ってきているのが現状です。それ自体はいいことですが、逆に、歯肉炎が増えています。

     
    歯周病の予備軍
     

    例えば、2019年度福岡県小学校・中学校健康診断の集計によると、小学1年生では軽度の歯肉炎が4.8%でしたが、小学6年生では14.9%に増えていました。
     

    歯肉炎は、いわゆる歯周病の予備軍ともいえるもので、それが増えていることが問題になっています。
     

    歯肉炎は歯周病の初期の段階で、歯と歯ぐきの隙間に汚れが付き、炎症で赤く腫れた状態です。
     
    歯と歯ぐきに付いた汚れを専門用語では歯垢といいますね。ばい菌の塊です。これがくっついている部分の歯ぐきが赤くなって腫れます。これを放置しておくとどういうことが起こるでしょうか。
     
    わかりやすい例を紹介すると、食後すぐにお皿を洗うとすぐに汚れが取れます。でも一晩放置すると汚れがこびりついて取れなくなりますよね。これが、歯垢を放置して歯石になった状態と考えたらいいわけです。

  • 動物園の動物も歯周病に!?野生動物との口内環境の違いとは?

    動物園の飼育環境や食べ物が良くなり、動物たちも長生きし高齢社会になっています。
     
    100歳の長寿をまっとうしたトラを例に取ると、実は亡くなる半年ほど前に牙がぽろっと抜けちゃいました。亡くなった後に周りの歯や骨の状態を観察すると、歯が埋まっていたところの骨が溶けているのがわかりました。あるいは歯の根、牙の根にはたくさんの歯石が付いているわけですね。他の歯にも、歯石が大量に付いており、これがトラの牙が歯周病で抜けた原因です。
     
    トラの歯周病
     
    そこで現在、大きな動物園では全身麻酔で年に1回健康診断をしています。そのときに歯石を取って、動物の歯のケアもするようになってきました。
     
    では、野生動物の口内環境はどうなっているのでしょうか。
     
    例えば、野生のサルは飼育されているサルと比較し、硬いものをよく噛んで食べることで歯ぐきが引き締まっています。一方、人間によって餌を与えられ、柔らかい食べ物を食べているサルは歯と歯ぐきの境目に歯垢がたくさん付いています。同時に、歯ぐきが赤くなってぶよぶよ腫れています。
     
    野生のサルは木の葉っぱとか、木の実とか、木の皮を食べて生活しています。歯応えのある硬いものを食べるから、それを噛むために口をよく動かします。しっかり噛むから同時に唾液もたくさん出て、歯と歯ぐきの境目には汚れが付いていません。
     
    サルは野生であれ動物園であれ、歯を磨かないわけです。そうすると、両者の差というのは、これは食べ物であることがわかります。

  • 人間も動物も食べ物が変われば口内環境も変わる

    口は食べ物が入ってくる最初の場所ですから、食べ物が変われば最初に変わるのが口内環境です。私が卒業したころはあまりにも砂糖が多かった。だから子どもたちもむし歯が増えたわけですね。
     
    一方、現在は柔らかい食べ物が増えたから歯周病が増えているといわれています。わかりやすく説明すると、例えば、ナイフでリンゴを切った場合と、ナイフでケーキを切った場合、汚れているのはどちらのナイフですか?
     
    ナイフが汚れるのは?
     
    もちろん、ケーキですよね。
     
    ナイフはいわば私たちの歯なんですよ。私たちがリンゴをかじっても、ナイフ同様、歯は汚れません。でもケーキを食べると、ナイフにべったりと汚れが付くように歯も汚れるわけです。甘い食べ物だけではなく、柔らかい食べ物も口を汚すんだなっていうことがわかります。

  • 遊牧民のむし歯増加の原因は食生活の変化

    現在、私は国立モンゴル医学科学大学の客員教授をしています。30年ほど前からずっと毎年のようにモンゴルへ行っています。
     
    モンゴルには、牛、馬、羊、ヤギ、ラクダなどの動物を飼い、移動式テントで暮らす遊牧民がいます。30年前、遊牧民の歯は輝くほどきれいで、むし歯が見られませんでした。高齢者も同様で、硬いものを食べる影響で歯はすり減っているんだけど、全体として非常にきれいだなっていう印象でした。このころのモンゴルの遊牧民は、まったく甘いもの、柔らかいものは、口に入らなかった時代でした。
     
    遊牧民の口腔内
     
    しかし、1991年にソビエト連邦が崩壊して、ロシアに変わって以降、モンゴルもその影響を受けて経済事情が変わっていきます。どんどん甘いお菓子類が増え、容易に子どもたちの口の中に入るようになりました。
     
    それで現在はどうなのかというと、過去の日本よりもむし歯が増えて悲惨な状況です。2013年にモンゴルの首都、ウランバートルの幼稚園で4歳児の口腔内を調べたデータでは、1人平均う歯数が約9.5本でした。ちなみに、日本の4歳児の1人平均う歯数は2011年の調査では約1.5本でした。

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    モンゴルには、まだまだ歯医者さんが少なく、治療されている歯がほとんどありませんでした。この状況は、まさに私が卒業した44年前の日本の子どもたちと一緒です。だからこそ私は、モンゴルの大学で、学生に話をすることによって、いい歯科医をつくる。これが大事だと思います。

昔に比べ、子どものむし歯の本数は減りましたが、むし歯が減ったからといって安心はできません。
 
子どもの歯肉炎が増えるなど、口内環境の悪化が懸念されています。その原因として、食べ物や食習慣の変化、最近はマスクによる口呼吸の増加などが指摘されています。
 
次回は、人間に備わった唾液の力について、また、口内環境の整え方を紹介します。
 
2021年8月12日に開催された、日本小児歯科学会専門医・指導医「岡崎好秀教授のセミナー」内容を再構成し掲載しました。

岡崎好秀

国立モンゴル医学科学大学歯学部 客員教授
1978年愛知学院大学歯学部卒業。同年、大阪大学歯学部小児歯科を経て、 1984年より岡山大学病院小児歯科講師(歯学博士 岡山大学)に就任。2013年4月より、国立モンゴル医学科学大学客員教授。専門は、小児歯科・障がい児歯科・健康教育。
2017年4月~2020年3月/岡山大学病院スペシャルニーズ歯科センターの診療講師。
所属学会/日本小児歯科学会(指導医)、日本障害者歯科学会(認定医)、日本口腔衛生学会(認定医)他。

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