健康な体を手に入れたい人が、腸内環境の改善に取り組んでいます。また、腸内の善玉菌と悪玉菌は、腸内環境にどのような影響を与えているのか、腸内環境を手軽に改善するにはどうしたらいいのかなど、健康のためにいろいろ調べている人もいるのではないでしょうか。この記事では、腸の主な働きから、腸内環境の悪化が招くさまざまな疾病、そして腸内環境を改善する方法まで詳しくご紹介します。
1. 腸内環境とは
腸内環境は、腸に棲みついた細菌のバランスによって変動します。ここでは、腸の働きや腸内環境のバランスについて解説します。
腸の主な働きと腸内フローラ
腸内には約1,000種類、100兆個の細菌が生息しており、それぞれの細菌が菌種ごとになわばりを保ちながら集団を形成しています。この集団が腸内フローラ(腸内細菌叢)です。腸内細菌は、菌の特徴によって大まかに「善玉菌」「悪玉菌」「日和見菌」の3種類に分類され、それぞれが密接に関わりながらバランスを取っています。
また、腸には主に2つの働きがあります。一つ目が「消化吸収」機能です。人間の腸は、小腸と大腸に分かれており、小腸が食べ物を消化して栄養素を吸収し、大腸が水分やナトリウムを吸収して不要物を便として排出させます。
二つ目の働きは「免疫機能」です。腸には、全身の免疫細胞や抗体の60%以上が集まっており、これを「腸管免疫」と呼びます。リンパ球や免疫グロブリンA(IgA)などが数多く存在し、体外から侵入する病原菌を攻撃します。
通常、ウイルスや細菌などの異物は免疫機能によって排除されますが、腸には過剰なアレルギー反応を引き起こさずに体に必要な栄養素を取り入れる「経口免疫寛容」という働きが備わっており、体に害を与えない腸内細菌はこの仕組みによって腸内にとどまることができます。また、腸管免疫の発達には腸内細菌が関わっていることもわかってきました。
腸内細菌のバランス
腸内フローラは、善玉菌2:悪玉菌1:日和見菌7の状態が理想のバランスとされています。以下では、3つの細菌についてご紹介します。
善玉菌
消化吸収の促進や免疫力向上などの働きがあります。そのほか、腸ぜん動運動を活発化して排便を促す機能もあります。
また、コレステロールを低下させたり、ビタミンを生成したりと、体にとって重要な役割を担う細菌です。
代表的な菌に、乳酸菌やビフィズス菌などがあります。
悪玉菌
腸内の腐敗活動を活発化させ、下痢、便秘、生活習慣病を引き起こします。便秘により、腸内に有害物質がたまると、肌荒れや老化にもつながります。
代表的な菌は、大腸菌(有毒株)やウェルシュ菌などです。
日和見菌
善玉菌、悪玉菌どちらにも属さず、中間菌とも呼ばれています。腸内フローラの善玉菌が優勢の状態では、日和見菌が善玉菌の味方について発酵活動を行いますが、悪玉菌が優勢になると、日和見菌が悪玉菌側に取り込まれてしまいます。
2. 腸内環境の悪化による健康への影響
腸は食べ物を消化吸収するためだけの器官ではなく、体の健康を支えているとても重要な臓器です。ここからは、腸内環境の悪化が招く健康への影響についてご紹介します。
免疫力の低下
腸内環境が悪化すると免疫力が低下し、感染症やその他、さまざまな病気にかかりやすくなる恐れがあります。
腸内には、免疫に関わるT細胞(リンパ球の一種)やIgAなどの抗体が豊富に存在しており、全身の免疫機能の実に60%以上が腸に集まっていることを先ほど紹介しました。腸管免疫を活性化させることは、全身の免疫反応の調整に必要不可欠だといえるでしょう。
この腸管免疫の活性化に役立っているのが腸内細菌です。大腸に生息する腸内細菌にはさまざまな働きがありますが、その一つとして、腸内細菌が栄養源として食物繊維などを利用する際に産生する酢酸、酪酸、プロピオン酸などの「短鎖脂肪酸」が重要な働きをすることがわかってきました。例えば、酪酸は免疫系に作用し、炎症やアレルギーなどを抑える制御性T細胞を増やす働きがあることが明らかにされました。
そのほか、短鎖脂肪酸は腸内の免疫細胞に作用して大腸内でIgAを産生したり、腸管から吸収されて血液を通じて臓器に作用したりなど、全身に影響を与えているともいわれています。
肥満、糖尿病やがんなどの全身疾患
最近の研究では、腸内環境の乱れがさまざまな疾患に関与することが判明しています。
肥満
近年、肥満と腸内フローラの関連を明らかにするための研究が進み、腸内細菌の構成の違いによって栄養の取り込み方が変化することが報告されています。特に、肥満症の人と正常体重の人では腸内細菌のバランスが異なる傾向にあることが判明しており、腸内フローラを構成している細菌の多様性の維持や改善が肥満症予防に重要になると予測されています。
糖尿病
糖尿病と腸内フローラとの関連についての研究もあります。
順天堂大学による研究では、日本の糖尿病患者の約9割を占める2型糖尿病では、腸内フローラのバランスが乱れていること、腸内細菌が血液中で検出される率の高いことが明らかにされています。腸内フローラの乱れから血液中に移行した腸内細菌が慢性的な炎症を引き起こし、インスリン抵抗性によって2型糖尿病の発症に関与している可能性があるとされています。
動脈硬化
腸内細菌は、代謝や免疫に影響を与えることから、動脈硬化などとの関連も取り上げられています。
腸内環境が乱れて腸内細菌の代謝物トリメチルアミンが腸から血中に移行してしまうと、肝臓でトリメチルアミン-N-オキシドに変化します。これが血中に増加すると、心臓や血管の病気が起こりやすくなることなどが、研究で明らかになっています。その他、冠動脈疾患の患者では腸内フローラ(腸内細菌叢)のパターンが健康な人とは異なっていることが研究で判明し、今後は発症リスクの予測や腸内細菌をターケットとした治療の可能性なども研究されています。
がん
がん発症と腸内細菌の関連性についての研究も進んでいます。大腸がんや肝臓がんは、腸内フローラの乱れが引き起こす炎症が要因の一つと考えられています。そのほかにも、前立腺がん、乳がんなどで研究がされています。
ストレスの増大
腸内環境の悪化はストレスの増大につながります。腸内環境が悪化している人は腹痛や便秘といったおなかの症状に加えて、不眠、頭痛、食欲不振といった精神神経系の症状を抱えているケースも珍しくありません。生物にとって重要な脳と腸は、互いに影響し合っており、これを「脳腸相関」と呼びます。
腸内環境が悪化すると、自律神経系が乱れ、脳がストレスのある状態と認識します。また、ホルモンの乱れや細菌の代謝物が作用する影響も大きく、炎症反応や免疫反応もストレスを増加させてしまいます。なお、腸と脳は一方通行ではありませんので、腸内環境を整えることで脳の不安を抑えてストレスを減少させることも可能です。
認知症への影響
腸内細菌は、認知症にも関連しているとされています。認知症患者はバクテロイデスと呼ばれる腸内細菌の数が、認知症でない患者よりも少ない傾向にあるといわれており、もの忘れの症状がある軽度認知障害の患者についても同様の結果が見られています。しかし、まだ症例数が少ない研究段階であり、因果関係を証明できるものではありません。バクテロイデスを含む腸内細菌の内訳が認知症に関与しているとして研究が進められています。
3. 腸内環境を整える方法とは
ここでは、腸内環境を整えるための具体的な方法についてご紹介します。
偏りのある食生活を見直す
腸内環境を改善するためには、まず、生活習慣を見直すことが大切です。
アルコールを控える
アルコールが腸内環境に及ぼす影響は非常に大きく、適切な摂取量を守らなければさまざまな障害を引き起こす原因になります。腸にとってアルコールは強い刺激物であり、過剰な摂取によって腸壁を傷つけたり、毒性の強い細菌を増加させたりする恐れがあります。整った腸内環境を維持するのであれば、飲酒は控えめがおすすめです。
動物性たんぱく質や脂肪分が多い食事を控える
動物性たんぱく質や脂肪分の過剰摂取は、悪玉菌を増加させる要因になります。悪玉菌は、たんぱく質と脂肪分をエサに増加し、腸内フローラのバランスが乱れます。日々の食生活が肉ばかり、揚げ物ばかりに偏ってしまわないことが大切です。
食事から腸内環境を整える
腸内環境を整える一つの方法として、食生活の改善が推奨されています。そのためには、優れた善玉菌を含む食材(プロバイオティクス)と善玉菌のエサとなる食材(プレバイオティクス)を意識して摂ることが腸内フローラの改善につながるとされています。
食材の具体例を以下に挙げたので、参考にしてください。
発酵食品
腸内環境を整える作用があります。ヨーグルト、漬物、納豆、鰹節、醤油、酢、みりん、キムチ、チーズなどは、善玉菌が豊富に含まれています。このような食品を「プロバイオティクス」と呼びます。
食物繊維が多い食品を摂る
善玉菌のエサになる食物繊維やオリゴ糖などを、積極的に摂取することで、善玉菌の増加につながります。例えば、玄米、あわ、麦、いも、あずき、きなこなどがあり、このような食品を「プレバイオティクス」と呼びます。
シンバイオティクス
シンバイオティクスは、プロバイオティクスとプレバイオティクスを組み合わせて、腸内環境をより効果的に改善につなげる方法です。
規則正しい生活習慣で腸内環境を整える
日々の食事を見直したら、生活習慣も振り返ってみましょう。
規則正しい生活
生活リズムの乱れは、消化吸収など腸のリズムを乱す原因になります。1日3食欠かさずに食事を摂ることや、毎日決められた睡眠時間を守ることは、脳のストレスを和らげ腸内環境を改善する効果があります。
ストレス解消
前述したように、腸の働きと自律神経は深い結び付きがあります。腸の動きは副交感神経が優位な状態で活発に働くため、ストレスを減らす生活を心がけ、腸の動きを活発化させましょう。
運動不足の解消
運動不足は腸のぜん動運の低下を引き起こす恐れがあります。ぜん動運動は消化した食べ物を腸内で移動させたり、体外に排出させたりする腸の働きです。ウォーキングや柔軟運動が効果的であるとされています。
冷えを避ける
おなかの冷えが慢性化してしまうと、腸の血流やぜん動運動が低下してしまいます。便秘や下痢といった症状が出てしまうほか、自律神経の乱れから免疫細胞の動きも悪くなる可能性があります。腸を温めるにはぜん動が活発な朝にしっかりと朝食を摂ることが効果的といわれています。
4. まとめ
腸内環境を整えることは、腸の働きを向上させるだけではなく、免疫力の向上や自律神経を整える作用もあります。腸内環境を整えるために、食生活と生活習慣を心がけることは、感染症や病気などに抵抗できる健康な体を手に入れる近道ともいえます。まずは、日々の食生活や生活習慣を見直すことから始めてみるのがおすすめです。
監修:森下 竜一 先生
大阪大学大学院医学系研究科臨床遺伝子治療学寄附講座 教授
医学博士。1991年大阪大学医学部老年病講座大学院卒業後、米スタンフォード大学客員講師、大阪大学助教授を経て、2003年より現職。米国高血圧評議会Harry Goldbratt賞、日本医師会研究奨励賞、日本循環器学会佐藤賞、産官学連携推進功労者表彰産官学連携文部科学大臣賞、大学発ベンチャー2016表彰文部科学大臣賞などを受賞。
また知的財産戦略本部本部員、健康・医療戦略本部戦略参与、日本万博基本構想委員、内閣府規制改革推進会議委員などを歴任。
日本血管認知症症学会理事長の他、日本抗加齢医学会、日本遺伝子治療学会などで副理事長を務める。著書に「アルツハイマーは脳の糖尿病だった」(共著)など。