糖尿病専門医が「口腔ケア」を大切にする理由
私は糖尿病専門医として、長年病気に向き合う中で、「口腔ケア」の大切さを実感してきました。私はこの日本において、口の中に一番興味があり、口の中のことを一番勉強している内科医であるという自負があります。
なぜ、歯科医ではない糖尿病専門医が、「口腔ケア」を重要視するのか、不思議に思われる方は多いのではないでしょうか。
ひとつのキーワードは、炎症です。
糖尿病も歯周病も、全く異なる病気かと思われるかもしれませんが、炎症という観点から見ると密接に関わっていることがわかってきました。
私が医学生の頃は、糖尿病は食べ過ぎが原因でなるといわれていました。しかし、今は違います。
糖尿病は1型と2型に大きく分かれますが、日本の糖尿病患者の約9割を占める2型糖尿病は、脂肪細胞が炎症を起こすことによって悪い物質が発生し、血糖値が上がるというのが今の考えです。
歯周病も歯の周りで炎症が起きることによって発症します。歯周病になると、歯周病菌や毒性物質が血管を通じて全身へ広がり、糖尿病など生活習慣病や心疾患などさまざまな疾患に悪影響を及ぼす可能性があることもわかってきました。
糖尿病領域では、歯周病治療による血糖値改善効果に関して、これまでさまざまな研究が行われてきました。実際私自身も、歯周病治療によって血糖値が改善した症例などを経験しています。
一般の方々にはあまり知られていませんが、糖尿病治療の最前線では、歯科との連携を特に推進しています。実際、2016年に日本糖尿病学会は、「糖尿病診療ガイドライン2016」において、「2型糖尿病では、歯周病治療により血糖が改善する可能性があり、推奨される」 と明記しています。
糖尿病専門医である私が、なぜ「口腔ケア」を大切にするのか、その理由がおわかりいただけたのではないでしょうか。
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体内菌をコントロールして健康を保つ「バクテリアセラピー」とは?
超高齢社会に向かう日本では、今後は病気の治療だけでなく予防医学の観点も大切になってきます。
健康を保つ上でのこれからのテーマは、炎症をいかにコントロールするかだと私自身は考えています。ここからは、北欧から来た新しい健康法「バクテリアセラピー」についてご紹介します。
善玉菌、悪玉菌という言葉を聞いたことのある方は多いのではないでしょうか。
バクテリアセラピーとは、「乳酸菌などの優れた善玉菌(プロバイオティクス)を摂取して、体内の善玉菌と悪玉菌のバランスを整える」という健康法です。
人間の体の中には、500〜1,000種類もの細菌がいて、この中には善玉菌や悪玉菌が含まれています。通常はさまざまな体内菌が口内や腸内などにフローラ(細菌叢)を形成し、善玉菌が優位に立って悪玉菌を抑えながらバランスを取って健康を保っています。
しかし、何らかの要因で悪玉菌が増えると歯周病や炎症、便秘、口臭などさまざまな不調につながるとされています。
悪玉菌を退治しようとして薬などで殺菌すると、あわせて善玉菌も殺菌されてしまいます。バクテリアセラピーは、善玉菌を摂取して、悪玉菌を駆逐することで体内菌のバランスを上手にコントロールして健康を保つという方法です。
北欧から来た新しい健康法
バクテリアセラピーは、ノーベル賞で有名なスウェーデンのカロリンスカ医科大学などで開発され、世界各地の医療機関に広まった新しい健康法の一種です。
優れた善玉菌を含んだ乳製品などを摂取することが推奨されており、タブレットタイプのサプリメントも開発されています。日本では、口内環境の改善のためにバクテリアセラピーを取り入れる歯科医院が増えているということです。
口腔ケアとバクテリアセラピーによる健康法とは?
バクテリアセラピーでは、乳酸菌などの優れた善玉菌を継続して摂取することが大切だとされています。それと同時に重要だといわれているのが、「口腔ケア」をしっかり行うことです。
「口腔ケア」と聞いて、実際どのようなことをすればいいのかわからない方も多いのではないでしょうか?基本は、「毎食後、しっかり歯を磨く」「医療機関で口内クリーニングを行う」の2点です。
歯磨きがちゃんとできていないと、口の中で悪玉菌がどんどん増殖してしまいます。
歯垢をためないように歯ブラシや歯間ブラシ、デンタルフロスなどで毎食後の歯磨きは丁寧に行ってください。その上で、毎日の歯磨きだけではなかなか取り除けない汚れを医療機関で定期的にクリーニングしてもらうといいでしょう。
口腔ケアとバクテリアセラピーの継続で健康を目指す
むし歯がないから口腔ケアにはあまり関心がないという方もいるのではないでしょうか。
むし歯はなくても、歯と歯肉の間のクリーニングがしっかりできていないと、歯周病になってしまいます。
ここでは、現代人のお口の中の状況を考えてみます。口臭や歯周病に気づかず不健康になる現代人
歯周病は、歯と歯肉の境目に歯垢が蓄積し、細菌が増えて歯肉が炎症を起こす疾患です。歯磨きの際に歯肉から出血したり、口臭が気になったり、歯肉が赤く腫れたり、歯周ポケットができたり、さまざまな症状が出てきます。
厚生労働省が2016年に実施した「歯科疾患実態調査 」によると、4mm以上の歯周ポケットがある人の割合は、40代で約45%、50代で50%前後、60代で60%前後と高齢になるに従って増え、歯肉からの出血がある人の割合は、15歳から30歳未満で30%超、30歳以上55歳未満では40%を超えていました。
日本には、すでに歯周病にかかっている人、あるいはその予備軍が多くいるといえるのではないでしょうか。
実は私自身、8年前までは歯周病に気づかず不健康になっていた現代人そのものでした。健康のためには日々の口腔ケアが重要
私は子どもの頃から歯医者さんが嫌いで、歯医者さんに行くのを避けていました。しかし、8年前に行かざるを得なくなり、歯医者さんで歯周病の治療と一緒に、お口の中をピカピカにしてもらいました。すると、何が起きたでしょうか。
当時は朝1回10秒しか歯磨きをしなかった男が、夕食後にも歯を磨くようになりました。そうすると、歯磨きで清めたお口は汚したくないので、夜食を食べなくなりました。それがきっかけになって運動するようにもなったのです。
その結果、口臭や歯周病が良くなっただけでなく、18キロ痩せるなど体のさまざまな不調が改善に向かったわけです。
健康のためには、日々の口腔ケアが重要だと身をもって実感した出来事でした。今では、バクテリアセラピーも取り入れ、乳製品やタブレットで優れた善玉菌も摂取するようにしています。
そのような私自身の経験から、現在では糖尿病と歯周病をテーマにした一般の方向けの本や、歯医者さん向けの本を執筆し、講演なども通じて、健康のためになぜ「口腔ケア」が重要なのかを多くの人に伝える活動を行っています。
「糖尿病専門医が、なぜ口腔ケアを重要視するのか」を私自身の経験も交え、紹介してきました。糖尿病も歯周病も、炎症という観点から見ると密接に関わっており、多くの方にとって関心のあるテーマなのではないでしょうか。
バクテリアセラピーによる健康法と口腔ケアは、日々継続することが何よりも大切です。ご自身の健康のために、今回ご紹介した情報をぜひお役立てください。
西田亙(Wataru Nishida)
にしだわたる糖尿病内科 院長
(医学博士・糖尿病専門医)広島県広島市出身。1988年愛媛大学医学部卒業。愛媛大学医学部助手、大阪大学大学院医学系研究科助手、愛媛大学医学部附属病院助手などを経て、2008年に愛媛大学大学院医学系研究科・分子遺伝制御内科学(糖尿病内科)特任講師に就任。2012年、愛媛県松山市に「にしだわたる糖尿病内科」を開院、現在に至る。
著書に『糖尿病がイヤなら歯を磨きなさい』(発行:幻冬舎)、『全医療従事者が知っておくべき歯周病と全身のつながり 不健口が寝たきり・糖尿病・アルツハイマー病を招く』(発行:医歯薬出版)などがある。