さらに、唾液分泌の質と量も大切です。最近の子に多い飲み物による流し込み食べや、マスク生活での口呼吸は唾液の分泌を減らす原因にもなっています。
私はこれまで小児歯科医として多くの子どもと関わってきました。その経験から、子どもの歯磨きで心掛けていただきたいことや、唾液にはどんな力があるのか、またむし歯予防や感染症予防に役立つ口内環境の整え方について紹介します。
子どもに歯磨きの重要性をどう伝える?
子どもたちのむし歯を減らしたり、歯周病を防いだりするためには、砂糖の摂取機会を減らす、軟らかいものばかり食べないなどの対策と同時に、歯磨きなどの口腔ケアに子ども自身が興味を持って取り組むことも大切です。
歯垢はむし歯菌のうんち!?子どもの興味を引く伝え方を
むし歯の話をするときに、よく“歯垢”、“プラーク”という言葉を使います。これは専門用語なんですね。でも、専門用語を使っても子どもたちには伝わりません。そこで私は、歯垢を伝えるときに、このようにいっています。
「◯○ちゃんはご飯を食べたら、うんちをするでしょ?◯○ちゃんが食べた甘い物を、今度は口の中でむし歯菌が食べてうんちをするんだよ。だから、歯に付いている汚れはむし歯菌のうんちなんだ」というと、子どもたちはよく理解するわけですね。
砂糖水に歯を2日間漬けておくと、表面にねばねばしたものが付きます。これが歯垢ですね。ねばねばしたものをつくるから、むし歯菌同士がくっつきます。1グラム当たり、10の11乗(1011)から10の12乗(1012)個いるといわれています。だから歯の表面では、歯垢から出たたくさんの菌による酸によって歯が溶かされてむし歯ができます。
仕上げ磨きの際のひと工夫で歯の汚れが伝わりやすくなる
むし歯や歯周病を予防するためには、まず、乳幼児には砂糖の味を教えないことが重要です。ただ100%それは不可能です。与えた日には、特に念入りに、低年齢のときは保護者の方が歯磨きを手伝ってあげる、これも大事です。
その際に、ぜひ用意してほしいのが水を張った透明のコップです。保護者の方には、仕上げ磨きをする際に、この水で歯ブラシを洗いながら歯を磨いてくださいとお願いします。こうして磨いていくと、だんだん水が濁ってきます。これは歯の汚れですね。その濁った水をお子さんに見せていただきたいんですよ。3歳過ぎたら分かります。
濁った水を見せながら「○○ちゃん、今日は甘い物を食べたから、お口の中にいっぱいむし歯菌がいるよ。だからこうして磨いてきれいにするんだよ」と話すと、子どもはなぜお母さんが磨いてくれるのかが分かってくるはずです。
口の中の健康を守るためには、唾液の力も重要です。次で詳しく解説しましょう。
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口内環境を整える唾液の働きとは?
昔から「よだれの多い赤ちゃんは丈夫に育つ」「唾液の多い高齢者は長寿を得る」などといわれています。人が健康に生きるために、唾液というのは実は非常に大きなファクターなわけですね。
唾液力を高めるとむし歯や歯周病予防にもなる
唾液には、粘膜保護や抗菌、消化、組織修復、再石灰化など、いろいろな面白い作用があります。傷口を早く治す作用というのもあって、まず、ネズミの背中に傷をつけておきます。そして、単独でネズミを飼うと傷口が20%しか治らないけれど、複数同時に飼うと75%まで治るという実験があります。唾液の中には傷口を早く治す成分があるため、ネズミを複数で飼うと、ほかのネズミが背中の傷口をなめてくれるため、早く治るんですね。
また、唾液には、むし歯予防、歯周病予防の働きもあります。通常、口の中のpHはほぼ中性に保たれていますが、食事をするたびに酸性に傾きます。これは歯垢などに存在するむし歯菌などが糖を分解して酸を出すんですね。どんどん酸が増えて、だいたいpH5.5より低くなると歯が溶け出すといわれています。こうしてむし歯になるわけです。しかし、酸性に傾いた口の中は、実は唾液の働きで元に戻るのですよ。
唾液には、酸を中和し、pHを元に戻す力があります。唾液は単なる水じゃないんですね。普通の水と比べると、だいたい1万倍から10万倍ぐらい、口の中を中性に戻す働きがあるわけです。
ところが、食事と食事の間を空けず、だらだらおやつを食べたり、常に甘い飲み物を飲んだりしていると、口の中は酸性の状態が続き、その結果、むし歯になりやすくなります。
唾液力を発揮するには、食事やおやつの時間をきちんと決めて、だらだら食べを防ぐことも大切です。
唾液によって歯が硬くなる
歯は、生えた直後にむし歯になりやすく、乳歯から永久歯に生え替わる時期は特に注意が必要です。どうしてむし歯になりやすいかというと、軟らかいからです。例えば、タケノコは生えたばかりはタケノコご飯として食べられますが、竹になったら食べられません。タケノコのように、歯もどんどん硬くなります。
では、どうして硬くなるのでしょうか。これは唾液の作用なんです。唾液の中のカルシウムがどんどん歯にくっついて硬くなっていきます。だから、永久歯が生え始める6歳頃から、生えそろう中学卒業頃の時期にむし歯にさせないことが、その子が一生歯で困るかどうかの大きな分岐点だといえます。唾液力が低下している子どもたち
最近、私が憂慮しているのは、子どもたちの唾液の量が少ないことです。
今の子どもたちは、食べ物を食べるとき、水分がないと飲み込めないんですね。だから水分で、流し込み食べをします。そうすると、体は唾液を出す必要がなくなってきます。これが大きな原因じゃないかなと思うわけですね。
唾液には口の中を中性に戻す力があるので、量が少ないとむし歯や歯周病になりやすくなると心配しています。マスク生活で唾液が減少?唾液力を高めて感染症予防を
コロナ禍の影響で、マスクを使う機会が増えましたね。マスクを使うとどうしても息がしにくいので、口呼吸になり、口の中が乾燥して唾液が減ります。実は、それもむし歯や歯周病、あるいは口臭の原因につながっていきます。
今、口呼吸をしているとインフルエンザにかかりやすいと言われています。同時に、口腔ケアをしている高齢者は、インフルエンザにかかりにくいという研究もあります。
ウイルスが体に侵入する経路は、目と鼻と口しかないわけですね。目は触らなかったらいいわけ。そうすると鼻と口ですよね。
鼻の中の細胞は粘液を出すと同時に毛を持っています。だから鼻から入ったちりやほこり、これはだいたい8割ぐらいまでそこで除去されます。鼻は“天然のマスク”なのです。ところが口が開いていると、もろにウイルスが肺に入ってしまいます。
呼吸器感染症を予防するためには、口の中をきれいにすることも大事です。例えば、歯周病菌というのは、歯ぐきを溶かす酵素を出します。そうすると、当然、細菌やウイルスが侵入しやすくなります。そこで様々な病気に感染しやすくなります。-
子どもの口内環境を整え唾液力を高めるには
子どものむし歯や歯周病を予防するためには、唾液がたくさん出るように、口内環境を整えることが重要です。そのために何をするか、以下6つのことを心掛けてみてください。
- 1.よく噛んで食べるように促し、流し込み食べを控えさせる
- 2.「あいうべ体操」で唾液を出す、唾液の量を増やす
- 3.幼児期は特に砂糖の与え方や回数に注意する
- 4.保護者の仕上げ磨きで歯垢を除去する
- 5.歯科医院で定期的に検診をする
- 6.優れた善玉菌を摂取するバクテリアセラピーにより、口の中の菌叢を変えて予防する
唾液は食べ物をよく噛むことによってたくさん出るわけですね。唾液を出すためにはどうしたらいいのか、流し込み食べをするのではなく、飲み物は食事の最後に飲む、これが非常に大事なんです。
それに加えて、「あいうべ体操」も有効です。これは福岡県の内科医、今井一彰先生が考案しました。大きな声で、「あ、い、う、べ」と、これを毎食後に10回繰り返します。1日3回、計30回行います。これにより、よく口が動き、唾液もたくさん出ます。舌の筋力がアップし、口呼吸を防ぎ、鼻呼吸になるわけですね。
また、小さい子どもは自分で歯をきちんと磨けないため、甘い物を控えさせたり、保護者が仕上げ磨きを念入りにしたりして、歯垢を残さないようにしてください。むし歯がなくても歯科医院に行き、定期的にチェックしてもらうのもおすすめです。
その他、口の中の菌叢を変えて予防する方法もあります。今注目されている「バクテリアセラピー」は、優れた善玉菌(プロバイオティクス)を摂取して、むし歯菌や歯周病菌などの悪い菌を減らし、口内の菌バランスを整える健康法です。これも新しい方法として有望視されています。むし歯や歯周病を予防するためには、歯に付きやすい砂糖の摂取を控え、毎日の歯磨きで歯垢をしっかり落とす習慣が大切です。
同時に、唾液の量も重要で、唾液が口内でよく循環すると、洗浄液のように口内を清潔に保ちます。唾液には、口内を酸性から中性に戻す働きがあり、むし歯や歯周病を予防する力があります。
しかし、飲み物と一緒に食べる流し込み食べや、マスク生活による口呼吸の増加などで唾液分泌の減少が心配されています。
ここで紹介した口内環境の整え方を実践して「唾液力」を高め、お口の健康を目指しましょう。
2021年8月12日に開催された、日本小児歯科学会専門医・指導医「岡崎好秀教授のセミナー」内容を再構成し掲載しました。
岡崎好秀
国立モンゴル医学科学大学歯学部 客員教授
1978年愛知学院大学歯学部卒業。同年、大阪大学歯学部小児歯科を経て、 1984年より岡山大学病院小児歯科講師(歯学博士 岡山大学)に就任。2013年4月より、国立モンゴル医学科学大学客員教授。専門は、小児歯科・障がい児歯科・健康教育。
2017年4月~2020年3月/岡山大学病院スペシャルニーズ歯科センターの診療講師。
所属学会/日本小児歯科学会(指導医)、日本障害者歯科学会(認定医)、日本口腔衛生学会(認定医)他。おすすめ記事
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